2009年12月16日

可視光線の利点と制約

光学顕微鏡は、観察したい物体の光の透過率など、物体が光に及ぼすさまざまな効果を利用するものである。可視光線を使う利点は、他の電磁波よりも簡素な光源を用いる事ができる点、そして元々可視的である為に、観察者の眼に届く前に可視光へ変換する必要が無く、色の情報が直接得られる点である。

しかし一方で、光学顕微鏡の性能は光の物理的性質の制約を受ける。例えば、光学顕微鏡における分解能の限界は可視光線の波長に因る部分が大きい。このような制約から逃れる為に、より短波長域のX線の透過や反射を利用したX線顕微鏡や、電子線の加速電圧によって分解能が制御できる電子顕微鏡が開発された。また、トンネル効果を用いたトンネル顕微鏡や原子間力を用いた原子間力顕微鏡など、表面物理学を応用した顕微鏡も実用化されている。

金属顕微鏡
金属表面の観察に適した顕微鏡の意で、対物レンズ側から光を試料にあてて反射光で観察する落射照明型顕微鏡のこと。
生物顕微鏡
主に医学・生物学の分野で用いられる顕微鏡の意で、透過観察型顕微鏡(=明視野顕微鏡)のこと。
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明視野顕微鏡
もっとも基本的な光学顕微鏡。試料を均一な入射光で照らした時、試料の各部分において光の吸収率が異なる為に透過光の像にコントラストが付くことを利用する。吸収率の小さい試料ではコントラストが低く明瞭な像が得られない為、染色を施すなどの必要がある。
暗視野顕微鏡
試料へ斜めから光をあてて生じた散乱光や反射光を観察する。この方法では明視野顕微鏡とは逆に、視野の背景が黒く、試料が光って見える。通常の光学顕微鏡に暗視野コンデンサーを挿入するだけでこの方法が実現できる。または位相差顕微鏡を調節することでも暗視野法による観察が可能である。物体表面や内部の微細な構造の観察には不向きであるが、可視光の波長よりも小さな物体の存在を高いコントラストで観察することが可能である。

2009年12月01日

規制維持・強化を求める人々

規制維持・強化を求める人々は行政機関や教育関係者、就学児童の保護者、大麻の害を懸念する立場の医療関係者、大麻の使用に倫理的な問題があると考える人が主になっている。
主張
規制維持・強化を求める人々の多くは、大麻と覚醒剤などのハードドラッグを分類する必要性を感じていない。これは、現行法である薬物四法(麻薬及び向精神薬取締法、大麻取締法、覚せい剤取締法、あへん法)の存在を基本とする立場からすれば自然な帰結ではある。
彼らは、大麻が社会の安全を損ねることや、大麻自体に重大な保健衛生上の問題があることから、大麻の規制緩和・撤廃に反対している。
彼らは、大麻が生産国の反政府ゲリラやテロ組織、暴力団の資金源となることを理由として挙げている。
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規制緩和・撤廃派のソフトドラッグ・ハードドラッグの分類論を背景とした「ソフトドラッグである大麻の規制を緩和・撤廃することにより、ハードドラッグの使用者減少のメリットを訴える主張」に対し、彼らは、そもそも日本とオランダ(ソフトドラッグ分類論発祥の国)やEUでは薬物汚染人口が全く異なるので、ソフトドラッグ理論は当てはまらないとの反論をする。また、仮にその理論を日本に当てはめるとしても、(薬物汚染が比較的進んでいない)日本の現状を踏まえれば、大麻の使用が薬物使用の入り口となりハードドラッグ(覚醒剤など)の使用へとつながる可能性があるとして反論する。
各自治体では、大麻使用を戒めるポスターの配布や学校への巡回講演を行って、特にドラッグの誘惑を受けやすい児童に対して、この危険性を訴えている。ポスターは学校に限らず、住居地区の掲示板、駅、公共施設、娯楽施設、商業施設など人目に付く所の多くに掲示されている。

2009年11月27日

石油危機と石炭回帰・天然ガスとの競争

二度の石油危機以降、原油価格がバーレル2ドルから12ドルへ上昇し、発電・工業用ボイラ燃料・セメント焼成燃料は1980年代に再び石炭に戻った。一方で石油代替燃料のライバルとして天然ガスが登場し日本では石炭火力発電より熱効率の高い天然ガス複合発電の比率が高い。しかしながら石炭は価格が最も安価なため1980年代以降米国や中国では石炭火力発電が発電の最大の柱となっている。2005年以降で中国での自動車普及による需要急拡大などを背景として原油価格がバーレル50-100ドルに暴騰しメタノールやCNGなどの石油代替自動車燃料が広がりつつあるが、メタノールの合成原料は石炭と天然ガスである。

石炭はその産地(炭層)によって性質が大きく異なる。一般には石炭化度の指標である燃料比(固定炭素/揮発分)によって分類されている。石炭化度の進んだ無煙炭と瀝青炭は高品位炭、石炭化の進んでいない亜瀝青炭・褐炭・泥炭は低品位炭とも呼ばれるが、半無煙炭などのように石炭化度が高いのに評価の低い石炭もあり、最高値の瀝青炭も粘結性には鉱山ごとに大きな差があるので石炭化度が高い石炭ほど値段が高いわけではない。鉄鋼生産の原料になるものを原料炭、発電ボイラー燃料やセメント回転炉燃料などに使われる亜瀝青炭以上の石炭化度の石炭を一般炭という。
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無煙炭
炭素含有量90%以上。石炭化度が高く、燃やしても煙の少ない石炭。家庭用の練炭原料やカーバイドの原料、粉鉄鉱石を塊状に焼結する焼結炉に使われる。煙が少なく発見されにくく発熱量が高いため、嘗ては軍艦用燃料に重んじられた。ただし揮発分が低く、着火性に劣る。焼結に使用可能な低燐のものは原料炭の一種として高価格で取引される。

2009年11月13日

カキノキ

カキノキ(柿の木)とはカキノキ科の落葉樹である。東アジアの固有種で、特に長江流域に自生している。

雌雄同株であり、5月ごろに白黄色の地味な花をつける。果実は柿(かき)と呼ばれ、秋に橙色に熟す。

幹は家具材として用いられ、実は食用となる。葉は茶の代わりとして加工され飲まれることがある。未熟の果実はタンニンを多く含み、柿渋は防腐剤として用いられる。現在では世界中の温暖な地域(渋柿は、寒冷地)で果樹として栽培されている。

日本から1789年にヨーロッパへ、1870年に北アメリカへ伝わったことから学名にも kaki の名が使われる。
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英語で柿を表す「Persimmon」の語源はアメリカ合衆国東部の先住民であるアルゴンキン語族の言葉で「干し果物」を意味する名詞「ペッサミン」であり、先住民がアメリカガキ(Diospyros virginiana L.)の実を干して保存食としていた事実に基づく。近年、欧米ではイスラエル産の柿(渋抜きした「Triumph」種)が「シャロンフルーツ(Sharon Fruit)」という名称で流通するようになったため柿は「Persimmon」よりも「Sharon Fruit」という名で知られている。なお「Sharon Fruit」は欧米では一般に登録商標であり、これらの地域でイスラエル産以外の柿を「Sharon Fruit」という商品名で販売することは違法である。

2009年11月03日

安全な飲用水

2025年には、安全な飲用水と基本的な公衆衛生サービスを持たない人々が世界人口の2/3に上ると見込まれている。下水処理施設の設置と地下水取水の削減が世界規模での問題解決策となりそうであるが、しかしながら、根本的な問題に目を向ける必要がある。下水処理施設完備のためのコストは高く、一部の地域にとってこの技術の採用を断念せざるをえないほどのものである。その上、各国における人口の急増がこのレースの勝ち目を薄くしている。また、処理施設の設置ができた場合でも、その維持には莫大な人的・経済的コストが必要となる。

地下水の取水制限は不評を買いやすい政策であり、農業従事者に与える経済的打撃も大きい。またそれ以上に、必然的な農産高の減少を伴うため、現時点での人口を養うことができなくなってしまう。
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現実的なレベルで言えば、開発途上国は、原始的な排水処理施設(汚水処理タンクなど)の敷設に努めることができるし、排水の流出先を丁寧に分析し、飲用水や生態系への悪影響を最小化することもできる。先進国にできることには、進んだ技術の提供だけでなく、費用対効果の高い上下水処理システムを提案していくことも含まれる。個人レベルにおいても、先進国民は水の使いすぎを控えることで、世界的な水の消費量を減らすことができる。これは、自然を保護するにとどまらず、人類にとってもより健康的な、自然の水循環をより効率的に機能させることになる。

2007年には、36カ国の首脳が参加し「アジア・太平洋水サミット」が開催され、安全な水が確保できない人口を2015年までに半減し、2025年までに0にすることが話し合われた。

2009年10月22日

手洗いによる有機物除去と殺菌

強アルカリ性電解水と強酸性水を組み合わせた洗浄消毒が提唱されている。手洗い方法を比較検討するため、ハンドソープ、エタノールと塩化ベンザルコニウムを含む手指消毒剤、強酸性電解水、強アルカリ性電解水、強アルカリ性電解水次いで強酸性電解水の5種類で検討した。その結果、ハンドソープでは汚れ除去作用は強いが殺菌力が一番弱く、強アルカリ性電解水次いで強酸性電解水が総合的にもっとも強い洗浄効果があり、強酸性電解水と強アルカリ性電解水でも手指消毒剤と同等以上の効果がみられた。また電解水では手が荒れないという意見が得られた。ATP法は食品工場の衛生管理に用いる手指の微生物と有機物による汚れの指標であり、1500RLU 以下を綺麗であると判定する。強アルカリイオン水と強酸性水で手洗いする方法を3施設で行った結果、いずれの施設でも一般細菌およびATPの顕著な減少がみられ手あれも少なく、比較対象の手指消毒剤(ウェルパス)では一般細菌の顕著な減少、非抗菌石鹸ではATPの顕著な減少がみられた。
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手術前の手洗いとしてアルカリイオン水と強酸性水は、無添加石鹸と4%クロールヘキシジンで有機物除去と消毒をした場合と比較して、スワブ法の定量培養、ATP法による有機物汚染度、パームスタンプ法による一般細菌コロニー数を測定したところ細菌学的に十分な殺菌効果があるため手術前の手洗いとしてまったく問題なく、手荒れがない、コストが安い、環境負荷が低いなどのメリットもあると報告されている。

2009年06月21日

経済主体が企業である場合、 手形や小切手の

経済主体が企業である場合、 手形や小切手の1回目の不渡りから6か月以内に2回目の不渡りを出した場合、銀行取引停止処分となる。こうなると、すべての銀行において当座取引および貸付を受けることが不可能になるため、企業の資金繰りは断たれる。このような状態をして事実上の倒産と呼ぶ。このような場合でも、法人の解散事由(破産手続の開始等)が生じたわけではないから、法人としての存続は否定されたものではない。しかし、多くの場合には、法的倒産処理手続または任意的倒産処理(私的整理)に移行することから、当該時点において「事実上」という言い方を用いる。

なお、かつて新聞などでは、再建型の法的倒産処理手続(下節参照)に着手した場合でも「事実上の倒産」という言葉を使用していた。

法的倒産処理手続 [編集]
裁判所の監督の下で行われる倒産処理手続であり、この文脈では、「倒産」は経済主体が経済的に完全に破綻した場合のみならず、破綻するおそれがある場合をも含めて理解するのが一般的である。大まかに分類すると、清算型と再建型に分かれる。
日本の物語
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大気のお話
住宅用語
野菜事典
知って得証券語
南北朝時代
栃木の湯めぐり
蘭の世界紀行
空手道
歯周炎
植物園
銀行
商社
フェンシング
アパレル
映画祭
肝炎
お化け屋敷

清算型は、倒産状態になった債務者の財産を換価して債権者に可能な限り弁済することを目的とする制度であり、債務者が法人である場合にはその存続・再建を予定しないのに対し、再建型は、倒産状態になった債務者の財産を直ちに換価・分配することは必ずしも予定されず、債権者らの権利を変更(債務の減免、期限の猶予=分割弁済など)したうえで、現有財産を基礎にして収益を上げ、権利変更後の債務について弁済すること等により、債務者の事業又は経済生活の経済的再生を目的とする制度であるとされている。

もっとも、両者の差異は相対的なものであることに注意が必要である。清算型に位置づけられる破産手続は、これに付随する免責手続の存在により、いわゆる個人破産(消費者破産)の場面では再建型として事実上機能していることがほとんどであり、再建型に位置づけられる民事再生手続又は会社更生手続において、清算を目的とした再生計画案又は更生計画案が作成されることもある。

また、金融機関等の特殊な業態については、法的倒産処理手続以外に、特別法(金融機関等の更生手続の特例等に関する法律)に基づく破綻処理が予定されているものがある。

2009年04月30日

コンキスタドール

コンキスタドール (Conquistador) とはスペイン語で「征服者」を意味するが、とくに15世紀から17世紀にかけてのスペインのアメリカ大陸征服者、探検家を指す。

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代表的なコンキスタドールとしては、ペルーのインカ帝国を侵略したフランシスコ・ピサロや、アステカ王国を侵略したエルナン・コルテスが挙げられる。彼らは金銀を求めてアメリカ大陸を探索し、アメリカ大陸の固有文明を破壊し、黄金を略奪した。またインディオの生命財産を脅かし、異教徒の女性に対し紳士的でない態度を示した者も存在する[1](しかし従軍した宣教師の中にはバルトロメ・デ・ラス・カサスのように中南米での虐殺・虐待を告発した者も存在した)。

「征服」初期には彼らの活動資金はスペイン王や神聖ローマ皇帝が拠出し、収奪収益の一部を国に納めるという形をとっていたが、のちには資金を彼ら自身が工面し、スペイン王らは形式的に征服の許可を出す形になっていった。そのため略奪と同業者間の競争が激化した。奪える財宝がなくなると、原住民を徴用し、農場や鉱山の経営から富を得ようとした。16世紀後半にはコンキスタドールの世襲領主化を恐れたスペイン王が、副王を任命するなど直接統治に乗り出したため、コンキスタドール(とその後継者たち)はたびたび反乱を起こした。

スペイン人によって激しい搾取が行われるようになり、彼等の征服は先住民の文化・伝統・宗教を徹底的に粉砕し、先住民は白人入植者たちに奴隷の様に使役されるという状況に置かれた。 その一方スペイン人たちの行動は結果としてインディオたちを人身供犠などを掲げる残酷な旧来の宗教の因習や鞏固な身分制から解放したという側面も持つことは否めない。 インディオたちは宣教師によって福音に接することが出来た[2]。先住民がキリスト教化してしまうと彼らを保護しなければならなくなるため、征服者からは先住民のキリスト教化は煙たがられた

2009年04月16日

カイドゥ(Khaidu, Qaidu, ? - 1301年)

カイドゥ(Khaidu, Qaidu, ? - 1301年)は、13世紀の後半に中央アジアに独立王国を建設したモンゴル王族。チンギス・ハーンの三男オゴデイの五男カシの子。中国語史料では「海都」と書かれる。現代モンゴル語の発音に基づいてカイドゥあるいはハイドともいう。

30年以上にわたってモンゴルの大ハーン、クビライ率いる大元と対立し、中央アジア以西のモンゴル諸勢力の大ハーン権力からの分離独立を決定づけた。このカイドゥの一連の行動は一般に「カイドゥの乱」(カイドゥの乱)と呼ばれる。

カイドゥの属するオゴデイ家一門は、モンゴル帝国の第三代大ハーンであったグユクが1248年に亡くなると、第四代大ハーンとなったモンケの一門トルイ家に帝位を奪われ、ジュンガリア地方(現在の中国新疆ウイグル自治区北部)エミル川流域の所領(ウルス)は没収されなかったものの、有力者が追放されるなど厳しい圧迫を加えられた。これに不満をもったカイドゥは、1259年にモンケが急死しその弟クビライとアリクブケが後継者争いをはじめるとアリクブケに与し、この内紛がアリクブケの敗北に終わると、入朝して帰順するよう要求するクビライの求めを拒否した。この混乱の間にカイドゥはオゴデイ家内での権力を掌握し、1266年に西北モンゴリアにいたクビライ配下の軍を攻撃して反抗の意図を明確にした。

一方、カイドゥは西南で境を接するチャガタイ家のウルス(チャガタイ・ハン国)で権力を掌握したバラクとトランスオクシアナ(現在のウズベキスタン)にある肥沃な大ハーン直轄領の支配権横領をめぐって争ったが、1269年に至り、バラクおよび西北ジョチ家(キプチャク・ハン国)の代表者と会盟し、トランスオクシアナ領を両家で分割するとともに、共同してクビライへ反旗を翻すことを決した。通説ではこのとき、カイドゥはクビライに対抗する大ハーンに選出されたとされてきたが、史料上では確認できず、現在は史実とは考えられていない。

1270年、チャガタイ家のバラクはイランに侵攻してイルハン朝の君主であるクビライの甥アバカに敗れて勢力を失い、これをきっかけにカイドゥとの抗争も再燃した。バラクはカイドゥと講和した直後に急死するが、カイドゥにより毒殺されたとも言われる。カイドゥは、バラクの後継者に自らの推すニグベイを立てたが、ニグベイはまもなくカイドゥに反抗して戦死した。これによりチャガタイ家の権力が空白となり、後嗣を巡って紛糾するが、カイドゥはバラクの遺児ドゥアと和解してこれを擁立し、チャガタイ・ウルスを自らのオゴデイ・ウルスの支配下に置くことに成功した。

一方、1271年に国号を大元としていたクビライは、同年自身の四男ノムガン率いる軍を中央アジアに派遣し、チャガタイ家の本拠地アルマリクを占領した。しかし、1276年、この軍に参加していたモンケの遺児であるシリギが反乱を起こしてカイドゥと結び、ノムガンを捕えてカイドゥに引き渡した。シリギの乱はクビライによってすぐに鎮圧されたが、ノムガンの率いた元の中央アジア駐留軍は解体し、アリクブケの遺児メリク・テムルらモンゴリア東部にいた王族・貴族がカイドゥのもとに投じた。

これにより、カイドゥの支配地域はジュンガリアのオゴデイ・ウルス(いわゆるオゴデイ・ハン国)を中心に、東はアルタイ山脈東麓のアリクブケ家のウルス、北はトゥヴァ地方のオイラト部族、西はイリ川流域のチャガタイ・ウルスからトランスオクシアナに至り、アム川でイルハン朝と境を接する広大な領土に広がった。このカイドゥの国家を歴史家は「カイドゥ王国」、「カイドゥ・カン国」、「カイドゥ・ウルス」などと呼んでいる。

1287年、チンギス・ハーンの弟テムゲ・オッチギンの子孫でモンゴリア東部を支配する元の貴族ナヤンがクビライの日本遠征政策に不満をもって反乱を起こすと、カイドゥはこれに呼応し、カラコルムを攻略しようと西からモンゴリアに侵攻したが、バヤン率いる元のモンゴリア駐留軍に阻まれた。やがてクビライは親征に出てナヤンを敗死させ、さらに1289年にカラコルムに出兵したためカイドゥは軍を引き、クビライ打倒は失敗に終わった。

1294年にクビライが病没し、テムルが大ハーン位を継ぐと、元の政権安定をみてカイドゥのもとから元に投降する者が続出し始めた。カイドゥはこれを食い止め、決戦に臨むため1300年に中央アジアの諸勢力の総力をあげて出兵したが、1301年のカラコルムの戦い、タミールの戦いのいずれにも元軍の迎撃の前に大敗し、その時の戦いで負った戦傷がもとでまもなく死亡した。

カイドゥの死後、以前にチャガタイ家にカイドゥが据えていた傀儡当主のドゥアが中央アジアの最高実力者にのし上がり、1306年にカイドゥの遺児チャパルを追ってオゴデイ家を併合した。

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2009年04月01日

唐辛子の伝播は各地の食文化

現在世界中の国で多く使われているが、アメリカ大陸以外においては歴史的に新しい物である。クリストファー・コロンブスが1493年にスペインへ最初の唐辛子を持ち帰った。唐辛子の伝播は各地の食文化に大きな影響を与えた。

ヨーロッパでは、純輸入品の胡椒に代わる自給可能な香辛料として南欧を中心に広まった。16世紀にはインドにも伝来し、様々な料理に香辛料として用いられるようになった。バルカン半島周辺やハンガリーには、オスマン帝国を経由して16世紀に伝播した。

日本への伝来に関する諸説
日本への伝来は、1542年にポルトガル人宣教師が大友義鎮に献上したとの記録がある[要出典]が諸説ある。南蛮胡椒と呼ばれていたのはこのためであるとされる。日本では最初、食用とはならず、観賞用や毒薬として用いられた。

朝鮮への伝来に関する諸説 [編集]
日本から朝鮮へ伝来したとする説が有力である。一説には朝鮮出兵のとき武器(目潰しや毒薬)または血流増進作用による凍傷予防薬として日本からの兵(加藤清正?)が持ち込んだと言われている。また、江戸時代になって朝鮮通信使が日本から持ち帰ったという説もある。

「大和本草」(貝原益軒著)には蕃椒の記事に「昔は日本に無く、秀吉公の朝鮮伐の時、彼の国より種子を取り来る故に俗に高麗胡椒と云う」と書かれている。これは一見相反するが、日本に伝わった当初、国内にあまり広まらなかったまま、唐辛子が朝鮮にも伝来したためである、という説がある。なお、同時代に朝鮮では倭辛子と呼ばれていたが、これは日本から伝わったためであると考えられている。現在も日本から伝わったことが韓国では定説になっている。

唐辛子を利用した食品 [編集]
七味唐辛子
一味唐辛子
かんずり(新潟県妙高市で作られる調味料)
柚子胡椒(九州)
コーレーグース(沖縄県)
キムチ(韓国、北朝鮮)
コチュジャン(韓国、北朝鮮)
豆板醤
辣椒醤(ラージャオジャン)
ラー油
チリパウダー
チリソース
ホットソース
ハリッサ(アリサ、アリッサとも言う。北アフリカ・マグリブ地方の調味料。マグリブはフランスの植民地であったため、フランス語でHの発音が黙字化することによりアリサの別名がある)
何種類かのサルサ
ペッパーソース(商品名としてタバスコなど)
唐辛子飲料: 唐辛子を漬けた飲料としてセラノペッパー種を用いたチリビールなどの唐辛子ビール、薬用酒としても利用されるペルツォフカなどの唐辛子ウォッカなどがある。

食品以外の利用
蕃椒: 唐辛子の生薬名を蕃椒(ばんしょう)という。健胃、発汗作用などがある。また外用薬として温湿布などに使われるが、カプサイシンには末梢血管を拡張する効果は全くない。寒冷地では靴の中に入れてしもやけや凍傷の予防につかう場合があるが、これは皮膚炎を起こし、そのように感じるだけである。
トウガラシチンキ(医薬品)
トウガラシスプレー
乾燥させた唐辛子は、室内外の装飾にも使われる。

世界各地での唐辛子の利用 [編集]

南北アメリカ [編集]
メキシコ
トウガラシの原産国で、栽培される種類も多く、生のまま、乾燥させたもの、燻製にしたものなど様々な使い方がされている。有名なのは「ハラペーニョ」や「ハバネロ」と云う品種。メキシコ料理#唐辛子(チレ chiles)も参照。
ボリビア
ボリビアの食卓にはロコトやアヒ・アマリージョを使ったヤホァというサルサ(ソース)が置かれているのが普通である。ウルピカも食用とされる。
ペルー
サルサやパパ・アラワンカイナなど料理の味付けおよび色付けにアヒ・アマリージョが多用される。ロコトにファルスを詰めた料理もある。
アメリカ合衆国
旧メキシコ領であったアメリカ合衆国南西部では、テクス・メクス料理などメキシコ系の料理にトウガラシがよく用いられる。西アフリカの料理の影響を受けたルイジアナ州のクレオール料理やケイジャン料理も同様で、赤いタバスコペッパー(キダチトウガラシの一種)やハラペーニョから作ったタバスコソースは同州の特産である。また、チリコンカーンの味付けに用いられるチリパウダーの主原料は中辛の唐辛子である。
ハイチ
ハイチ料理には、シネンセ種の一種ピーマン・ブークを他の野菜と一緒に酢漬けにしたものが調味料としてよく使われる。
チルー オストメ ミモレ サイド ジャック プレクリ スコポフ きゅうてい スパイス ウフジ ラップ トーシュズ サイレン ノーカ キンセン チャイルド スター ホンコン デックス きゅう メトセク ルーキー バリヤー シュルレ フォトス フィブリン トリプタン ソユーズ ワゴン シェア すあわ ステージ ボケSEO ムルロ グルベド どふぇ ユニオ スマッ ブレテ アイス テーブル ファシズム 男船日本 未来地図 端玉アク シブシップ 長崎赤 ケイトウ モンゴ サイフォン

ヨーロッパ [編集]
イタリア
イタリア料理(主に南イタリア)で使われることが多い。砕いた赤い唐辛子を使用するのが普通。基本的なスパゲッティ(またはパスタ一般)の料理法である「アーリオ・オリオ・ペペロンチーノ」のペペロンチーノは唐辛子の意味。オリーブオイルに唐辛子や各種ハーブなどで香りづけしペペロンチーニと呼ばれる香草オイルがある。
ギリシャ
砕いた赤唐辛子を家庭の野菜料理によく用いる。
ハンガリー
熟したパプリカを乾燥させて粉にしたものをグヤーシュやパプリカーシュなどの煮込み料理に用いる。
イベリア半島
パプリカに似た粉唐辛子をソーセージ(チョリソなど)の調味や煮込み料理に用いる。ポルトガルでは、キダチトウガラシの一種で辛味の強いピリピリも用いられる。
バスク地方
エスプレットという品種が有名。

アジア [編集]
日本
料理や漬物に薬味として多少使われる程度であるが、日本の唐辛子(鷹の爪が一般的)は韓国のそれよりかなり辛い。そば屋の店頭には、七味唐辛子、一味唐辛子などがテーブルに置かれ、各自の好みにより料理に加えることができる。沖縄そばにはコーレーグースが欠かせない。
朝鮮半島
キムチ、チゲなど、唐辛子を使った料理が多い。唐辛子が伝わる以前には、山椒の実がよく使われていた。キムチに使われる唐辛子は、韓国特有の辛みが少ない大きめの唐辛子で、ほんのりと甘みがある。コチュジャンも味付けに利用される。また、男児が誕生すると縄に唐辛子をはさんで戸口に掲げる習慣がある。
中国
中国では西南地方で多用される。四川料理は唐辛子と「花椒」と呼ばれる山椒の一種を多用する。湖南料理は唐辛子と酢で、酸味のある辛さを特徴としている。もっとも唐辛子の味を強く出しているのは、貴州料理と雲南料理で、とりわけ雲南のタイ族などの少数民族料理がもっとも辛さを強調した料理を特徴としている。他にもミャオ族、ヤオ族なども唐辛子を多用している。広東料理は、さほど唐辛子を使わないが、「野山椒」と呼ばれる青唐辛子の酢漬けを好む人もいる。杭州ではししとうに似た「杭椒」をピーマンのように炒め物に使う。
タイ
タイ料理にはトムヤムクン(スープ)やグリーンカレーなど、唐辛子をたくさん使った辛い料理が多い。唐辛子が伝わる前は胡椒(タイ語でプリッタイと呼ばれる)が用いられていた。「プリッキーヌー」は小粒で非常に辛い品種で、通常は青いまま使われる。
ブータン
非常に辛い味付けをすることで知られている。唐辛子が伝る以前には、山椒の実が使われていた。
インド、バングラデシュ
香辛料を使った料理の歴史が長い。地方によって辛みを出すのに唐辛子を多く使う地域とそれ以外の香辛料を多く使う地域がある。また一般に野菜よりも肉を使った料理に唐辛子を多用する傾向がある。唐辛子の漬物(アツァール)も作られる。ギネスブックに世界一辛い唐辛子と認定された「ブート・ジョロキア」はアッサム地方原産である。
スリランカ
スリランカ料理は、インド料理と同様に唐辛子により辛みをつけることが多い。
トルコ 、アルメニア
パプリカに似た粉唐辛子を煮込み料理に用いる。

アフリカ [編集]
マグリブ (特にチュニジア)
ペースト状の唐辛子ソースハリッサをクスクスに添えたり、味付けに用いる。
エチオピア、エリトリア
唐辛子を主原料とした配合調味料ベルベレをワットなどの味付けに用いる。